何度か訪れたことがあるルヴァン美術館。
文化学院創立者である西村伊作氏が当時の校舎を再現した建物です。
その次女の嫁ぎ先が建築家坂倉準三氏であることから表記の展覧会が
開催されていました。
坂倉準三氏は1929年に渡仏。2年間建築を学んだ後、正式にアトリエ入門。
数多くのプロジェクトに携わり、コルビュジエ氏の最も忠実な日本人弟子だったそうです。
6年後に一時帰国し、翌年万国博覧会の日本館設計の為に再度渡仏。
ル・コルビュジエ氏のアトリエの片隅で設計案を練り、
1937年のパリ万博で見事グランプリを受賞。
1941年にはアトリエで一緒にだったシャルロット・ペリアン氏を推薦。
日本政府の招きで来日「選択・伝統・創造」展を開催。
1955年にル・コルビュジエは国立西洋美術館設計の為初来日、
「ル・コルビュジエ、レジェ、ペリアン3人展」を開催してます。
この展示会では、ル・コルビュジエ氏が坂倉氏に宛てた手紙や多くの絵画が展示されています。
ル・コルビュジエ氏と坂倉氏との信頼関係は師弟のそれ以上のものだったようです。
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タイトル : 飯箸邸(今泉篤男邸)の保存活動
私が以前在籍していた坂倉建築研究所は、ル コルビュジエに師事し、 モダニズム建築を日本に広めた坂倉準三先生が開設した流れを汲む由緒正しい事務所です。 戦時中であった1941年に完成した飯箸邸(今泉篤男邸)は、坂倉先生が40歳になり国内で本格的な 設計活動を開始したころの貴重な作品で、東京たてもの園(小金井公園内)の前川國男自邸とともに 日本の近代を代表する住宅といえます。 この飯箸邸(今泉篤男邸)が、今秋に解体されることが決まり 世田谷区の「せたがや街並み保存…… more